【第3章】ホンダ・プレリュード3代目・前期型(1987–1989)|低く、広く、未来を先取りしたクーペ

1980年代、クルマは単なる移動手段ではありませんでした。
美しいクーペで街へ出ること。
助手席に大切な人を乗せ、好きな音楽を流しながら夜の道を走ること。
それ自体が、少し特別な時間だったのです。
1987年4月に登場した3代目ホンダ・プレリュードは、全車に2.0Lエンジンを搭載し、低いボンネット、広く見える車体、リトラクタブルヘッドライト、そして世界初の舵角応動型4WSを用意しました。Hondaが掲げたのは、ドライバーの意思へ素直に応える、人とクルマの一体感でした。
けれど、このクルマが人を惹きつけた理由は、数字や新技術だけではありません。
低く、広く、知的で、少し気取って見えるその姿に、多くの人が「このクルマで夜の街を走ってみたい」と思ったからです。
第3章では、3代目プレリュード前期型が完成させた造形、室内、エンジン、4WS、そしてこのクルマが走っていた1987年から1989年の空気をたどります。
第3章――求められたデザイン

3代目プレリュードは、2代目の成功をそのまま繰り返したクルマではありません。
リトラクタブルヘッドライトと低いノーズを受け継ぎながら、車体をさらに伸びやかに見せ、フロントからリアまで一本の流れでつなぎました。
そこにあったのは、派手なスポーツカーとは少し違う魅力です。
速そうに見える。
高級そうに見える。
そして、知的でスマートに見える。
当時の若者が求めていた憧れを、3代目プレリュードは一台のクーペとして形にしました。
低く、広く、未来顔。

3代目プレリュードの第一印象を決めているのは、地面へ吸い付くように低いフロントです。
格納時にはボンネットと一体になるリトラクタブルヘッドライト。その下には、車幅いっぱいへ広がるような黒いラインと、左右へ回り込むフロントコンビネーションランプが配置されています。
前期型の全長は4,460mm、全幅は1,695mm、全高はわずか1,295mm。Hondaはエンジンをコンパクトにまとめ、後ろへ傾けて搭載することで、従来型よりさらに低いボンネットを実現しました。
数字だけを見れば、極端に大きなクルマではありません。
それでも、薄いノーズ、低いベルトライン、横へ伸びるランプによって、実際の寸法以上にワイドなクーペへ見えます。
低さと広がりを、そのまま憧れの形にしたフロントでした。
後ろ姿まで、低く広い。

3代目プレリュードの美しさは、前から見たときだけのものではありません。
左右へ長く伸びたリアランプと、その中央をつなぐ黒いガーニッシュ。薄く見えるトランクリッドと、車体の一部として流れるように整えられたリアスポイラー。
Hondaはテールエンドそのものをスポイラー形状に整え、空力性能と軽快な走りの印象を両立させました。
ドアを開けた姿からは、長いドアと広いガラスエリアがよく分かります。
低く見せるために、後ろ姿を重たくしない。
ワイドに見せながら、線を増やしすぎない。
プレリュードのリアには、正面と同じくらい強い「横への広がり」が与えられていました。
大人のクーペに必要だった室内

外観が鋭くても、室内まで緊張を強いるクルマではありません。
幅広く水平に伸びたダッシュボード、見やすいアナログメーター、大型のセンターコンソール。そしてAT車には、頂点にボタンを備えたガングリップ形状のシフトレバーが置かれていました。
Hondaは細いピラーと広いガラスエリアによって視界を確保し、センターコンソールを備えたラップラウンド形状のインストルメントパネルで、運転席を包み込むように構成しました。
厚みのあるフロントシートは、肩や腰の周囲を支える形状です。後席は広大ではありませんが、2ドアクーペの後席としてきちんと整えられ、長距離ドライブや荷物の置き場所にも使える空間が用意されていました。
前期型を彩った代表的なボディカラーは、次の7色です。
ニューポーラーホワイト、フェニックスレッド、マディソンブルー・パール、グラナダブラック・パール、ノーブルシルバー・メタリック、フローレンスブルー・メタリック、バルバドスイエロー。
白は低さを際立たせ、赤はスポーティーさを強め、濃紺や黒は夜の街で大人びた表情を見せました。
夜を特別にした。

なぜ、あの頃プレリュードに乗りたかったのでしょう。
もちろん、低くて格好よかったから。
他のクルマとは違う、スマートな雰囲気があったから。
けれど、本当の理由はもう少し素直だったのかもしれません。
助手席にきれいな人を乗せたかった。
流行の音楽をかけて、夜の街を走りたかった。
ホテルやレストランの前へ乗りつけたとき、少しだけ誇らしい気持ちになりたかった。
プレリュードは、目的地へ着くためだけのクルマではありませんでした。
クルマへ乗り込む前から始まり、降りたあとまで続く時間。そのすべてを、いつもより少し美しく見せてくれたのです。
シャープで、ワイドで、ロー。
その姿は、視線も気持ちもさらっていきました。
低さの秘密は、18度の後傾エンジンにあった

3代目プレリュードの低いボンネットは、表面だけを薄く見せたものではありません。
Hondaはエンジンを後方へ18度傾けて搭載しました。これによって吸排気系を効率よく配置すると同時に、エンジン全体の高さを抑え、低いボンネットを成立させています。
代表的な2.0Siには、排気量1,958ccのB20A型DOHC16バルブエンジンを搭載。最高出力は145PS/6,000rpm、最大トルクは17.8kg-m/4,500rpmでした。5速MTに加え、ノーマルとスポーツの変速パターンを選択できる電子制御4速ATも設定されました。
エンジンを傾けた目的は、見た目のためだけではありません。
運転席の位置も低くでき、車体全体の重心を下げやすくなる。低い着座位置から長いボンネットを眺める感覚も、プレリュードの特別さにつながりました。
デザインと技術が別々に存在するのではなく、技術そのものが美しい形を支えていたのです。
世界初の4WS――四輪で曲がる、新しい感覚

3代目プレリュードを語るうえで、世界初の舵角応動型4WSは外せません。
ハンドルを小さく切ったときは、後輪も前輪と同じ方向へわずかに動きます。高速道路のレーンチェンジなどで、車体が安定して滑らかに横へ移動するためです。
ハンドルを大きく切ると、後輪は前輪と反対方向へ動きます。狭い道や車庫入れでは、車体が内側へ回り込み、小回りしやすくなりました。
しかも、この4WSはハンドルと前後輪を機械的につないだシステムでした。電子制御へ頼らず、ハンドルの切れ角そのものへ応じて後輪を動かしていたのです。
リトラを残した完成形。そして、次の顔へ
1989年11月、通常型プレリュードは内外装を変更するとともに、新たに「Prelude inx」が加わりました。inxは固定式の薄型ヘッドライト、量感を持たせたボンネット、幅広感を強めた専用バンパー、落ち着いた内装を採用したモデルです。
後期型は、リトラクタブルヘッドライトを残し、3代目らしい鋭さを磨いた完成形。
対するinxは、若々しいスポーティーさだけでなく、上質さや落ち着きを求める人へ向けた、もう一つのプレリュードでした。
Hondaがこの時点でリトラクタブルヘッドライトの終わりを予見していたとは断定できません。
それでも、inxはリトラを否定したのではなく、次のプレリュードの顔を、ひと足先に試したモデルだったようにも見えます。
ホンダ・プレリュード2.0Si 主要諸元
※1987年発売時の代表的な仕様です。装備や数値はトランスミッション、4WS、オプションの有無によって異なります。
発売時期: 1987年4月
ボディ形式: 2ドア・クーペ
乗車定員: 4名
駆動方式: FF
全長: 4,460mm
全幅: 1,695mm
全高: 1,295mm
ホイールベース: 2,565mm
エンジン: B20A型 水冷直列4気筒DOHC16バルブ
総排気量: 1,958cc
最高出力: 145PS/6,000rpm
最大トルク: 17.8kg-m/4,500rpm
トランスミッション: 5速MT/電子制御4速AT
サスペンション: 前後ダブルウイッシュボーン
4WS: 2.0Siおよび2.0XXに設定
1987–1989年、日本の空気感

プレリュードが街を駆け抜けた1980年代末、日本は大きな変化の中にありました。
1988年にデビューしたWinkは、それまでの明るく元気なアイドル像とは異なる、静かでアンニュイな表情で注目を集めます。1989年の代表曲「淋しい熱帯魚」は、独特の振り付けとともに時代を象徴する一曲になりました。
1987年にはアサヒスーパードライが登場し、「辛口」という新しい価値観がビール市場へ持ち込まれました。1988年には日本初の全天候型多目的スタジアムとして東京ドームが開場。1989年には映画『魔女の宅急便』が公開され、スタジオジブリにとって興行的な大成功を収めた作品となりました。
音楽、映画、ファッション、食文化、街の風景。
新しいものが次々と現れ、「昨日より少し背伸びした暮らし」が身近になっていった時代です。
プレリュードもまた、ただ速いクルマではなく、大人っぽい生活へ一歩近づくための象徴として街を走っていました。
1988–1989年、アメリカ・カリフォルニアの空気感

同じ頃、太平洋の向こう側にあるカリフォルニアでは、日本とは違った若者文化が輝いていました。
ヴァーシティジャケット、色落ちしたデニム、ハイカットスニーカー。ヘッドホンから流れる音楽と、強い日差しの下で自分らしさを楽しむファッション。
このページでは、In-N-Out Burgerの店舗と食事、そして赤い1987年型シボレー・カマロを、当時の西海岸を思わせる象徴として配置しています。
日本では、都会的で知的なクーペが憧れられた。
カリフォルニアでは、太陽の下で力強く自己主張するクルマが似合った。
方向は違っていても、若者がクルマに託したものは同じです。
好きな音楽を聴き、仲間や大切な人と街へ出ること。クルマを通じて、なりたい自分へ少し近づくことでした。
未来を先取りしたクーペ

低く、広く、知的に。
3代目プレリュードは、それまでHondaが育ててきたスペシャルティークーペの理想を、一つの完成形へ導きました。
リトラクタブルヘッドライトを備えた低いフロント。
横へ伸びるリアビュー。
大人びたインテリア。
18度傾けて搭載されたエンジン。
そして、世界初の舵角応動型4WS。
その一つひとつは、目新しさだけを狙ったものではありません。
美しく走り、気持ちよく曲がり、乗る人の時間まで少し特別にするための工夫でした。
けれど、プレリュードは完成した姿へとどまり続けることを選びません。
後期型で鋭さを磨き、inxで新しい顔を試し、次の世代では再び大きく姿を変えていきます。
3代目は、一つの理想を完成させたクーペであると同時に、次の時代へ向かう前奏曲でもありました。
低さと広がりを、そのまま憧れの形にした。
それが、1987年に生まれた3代目ホンダ・プレリュードです。

